【コラム】生活感が部屋に出るオカマ、出ぬオカマ

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 彼女とは、雑居ビルにある小さなバーで知り合った。
 初めて出会ったときの彼女は、ラズベリーケーキのように赤くて甘い厚手のコートを身にまとって、バーカウンターに頬杖をついていたわ。
 爪はきれいに整えられて艶めいて、大きなピアスと髪のウェーブが嫌味たらしくて、その姿はなんとも……なんとも、オカマらしかった。
 小汚いオッサンであるオカマの私とはなにもかもが正反対で、蔑みの目で見られていると思っていたけど、予想は期待を大きく外れて、同じ穴のオカマ同士すぐに意気投合したの。
 彼女の性格は天真爛漫そのものだったわ。
 他人の笑顔で胃袋を満たす悪魔のような、いなくなれば場を白けさせる妖怪のような、そういう女だったのよ。
 いつもくだらない話で笑わせてくれたけど、ふとした沈黙を破るのはいつも、東京で美容関係の仕事をしたいと叫ぶ将来の夢の話だったわね。大きなため息をついてカヴァを流しこむ姿が印象的だった。
 人は歳を重ねるごとに、夢や志を語ることに気恥ずかしさを覚えるものよね。でも、彼女にはそれがまるでなかったように思う。

 それからいくつかの季節を越えて、真冬には珍しく澄みきった星空の夜、彼女から電話があったの。
 念願かなって東京に就職が決まったそうよ。
 半月後には引っ越すらしく、週末の荷造りを手伝ってほしいと頼まれたわ。
 電話口での彼女の声は、新天地への期待を含んだ、別れの物悲しさを感じさせない、いつものかすれた声だったわ。

 さわやかな土曜の朝には不相応も甚だしく、踏み入れた誰もが眉をひそめるほど、彼女の部屋はひどく散らかっていた。
 読み終えた雑誌の山に、脱ぎ捨てた洋服、口を縛ったコンビニの袋。
 鏡台の前には美容液や乳液の箱が高層ビルさながらに並べられて、転がり落ちそうな空き瓶とつぶれたチューブは老朽化したベッドタウンのようだったわ。
 美容の仕事を目指している割に、自らの居住空間に対する美意識はめっぽう低かった。
 物で溢れたこの部屋に、彼女は心をかき乱されないのかしら。

 頭と肩をがくりと落としてため息をついて、引っ越しのための片付けに取りかかったわ。
 冬だというのに額に汗をかきながら、必要なものと不要なものを振り分けていく。
 片付けが苦手な彼女は、30分もしないうちに紙焼けで黄ばんだ漫画を読みふけっていたけど。

 作業も中盤に差しかかったころ、部屋の隅のポールハンガーにロイヤルブルーのマフラーを見つけて、私も思わず手を止めてしまったの。
 昨年、彼女の誕生日にオカマ仲間とプレゼントしたものだったわ。
 誕生日を同族のオカマと過ごしている時点で彼女の生活はお察しだけど、マフラーを手渡した瞬間の、愛くるしくてむさ苦しいその泣き顔に、みんなで思わず噴きだしたのを覚えているわ。
「そのマフラー、毛玉が出てるし色もあせて、くたびれているでしょう。去年と今年、家の中でもずっと着けていたから」
 私だったら、とうに捨てているだろうに。

 それから片付けの途中で何度も何度も手を止めたわ。
 部屋の中には、彼女の思い出とともに私の思い出も数多く存在していたの。
 共通の友人の結婚式でもらった引き出物、ながらく借りていたミステリー小説、旅行で一緒に買ったコーラルのランプ。
 物に宿った記憶は過去の感情を呼び覚まし、また新たな感情を重ねていくのね。
 私の部屋にはなにもない。
 一切の生活感を排除した部屋は、人の存在を否定するかのように、時を止めて据えられている。
 レースカーテンが風にたなびいて、フローリングの床に重なる斜光の波がこの部屋のすべて。
 ようやく気がついたの。物が溢れているということは、思い出が溢れているということなのよ。

 片付けと荷造りを終えたのは、日付の変わるころだった。
 シーリングライトの光がダンボールの隙間に深い影を落としていて、今にも闇に埋もれそうな、潰れた万年床だけがフローリングに横たわっていたわ。
 気がつけば部屋の様相は、宇宙空間に忘れ去られたアルミニウムの宿小屋のように変わっていた。
 場所と時間と、まわりを囲む人が変われば、人間もこれまでと同じではいられない。
 次に彼女と会うときには、あの使い古したマフラーもいらない季節がやってきて、それと同時に、彼女は私の知らない彼女になっているのではないか。
 空に溶けてゆく冬雲のような別れの予感を抱いたまま、私は帰り支度を整えた。

 それじゃあまたねとバッグを肩にかけたとき、彼女ははっと思い出したように、ちょっと待ってと呼び止めてきた。
「これ、アンタにあげる。荷造りを手伝ってくれたお礼」
 手渡されたのは、小さな赤い宝石をあしらった、巻いたマフラーをつなぎ留めておくためのピンだった。

 次の週末、彼女は引っ越していった。
 それから夢にも出なくなるほど、彼女の姿は見ていないし、互いに連絡することもない。
 ただ、東京の雑多な空気にはもう慣れたのか、相も変わらず物の溢れた部屋で過ごしているのか。
 がらんとした部屋の片隅で、東の窓から差しこむ陽射しを浴びるピンを見るたび、少しだけ気遣わしくなるのだった。

○BSディム プロフィール○
昼は真面目な係長、夜は不埒なオカマです。普段はブログやツイッターでブツブツとオカマ仲間への文句を言っています。普段の家事もブツブツと文句を言いながら何とかこなしていますので、その様子を無理やり皆さんにお届けしたいと思っています。

写真:BSディム

文:

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